若大将、
加山雄三さんにお会いすることが出来た。しかもPashaまで快諾。さすが船長、豪気でした。
私の年齢からすると、
加山雄三さんのコアファンとは少し世代がずれる。なぜ加山さんファンなのかといえば、子供の頃、父の車の中に『
加山雄三大全集』というカセットテープがあって、繰り返し聞いているうちにすり込まれたというわけだ。あれは8トラックのテープだった。
自分がこんな68歳になれるとはとても思えない。
今日のコンサートは、入口で100曲のレパートリーの書かれたシートが渡され、その中からリクエストを記入し即集計。上位20曲を演奏するという趣向だった。結局上位20曲の他にも、デビュー45年で45位、68歳で68位、ブービー賞の99位、洋楽のおまけを何曲か歌った。
集計が済むまで歌ったオープニングの曲と最後のマイウェイ、アンコールで会場から直接リクエストされた曲も含めると30曲を越えたと思う。流石に激しい動きはないものの、アコースティックギター、エレキ(オリジナルモデルのモズライト)、ウクレレ、ピアノをこなし、倍音の効いた分厚い歌声を最後まで響かせた。
コンサートの後は握手会。三時間ほどのコンサートを終えてすぐに席に着き、CDを買った100人くらいのファンに、ひとりひとりサイン。30分ほどかかってようやくサイン会を終えると、疲れも見せずに颯爽と楽屋へ戻っていった。
さて、このあと、
加山さんにお目通りが叶った。こちらは小さなコミュニティFM局。ライブの取材だけでも充分嬉しかったのだが、
ドリーミュージックさんのはからいで、少しだけお話しする時間をいただくことができた。
くつろぐ船長。スタッフは加山さんのことを船長と呼んでいた。
船長には、
fmnahaを小さな船に、インターネットを大海原に例え、新しい海に出る時の心得を聞いた。すると船長はこういった。「常に大自然の力を侮らず、状況を判断し、海に出なければ、たとえ船が大きかろうと時化たらそれっきりだよ。実社会に於いては、人を知ること、人の縁を大事にすることだ。そうすればすばらしい航海が実現するだろう」。
船長の人生も順風満帆ではなく、会社がつぶれて大きな負債を抱えたことも、台風で光進丸が沈没しそうになったこともある。海の怖さを知っている人の言葉はリアリティを持っていた。
船長は「沖縄の人は暖かいね。君といつまでものセリフが始まったらキャーってな声がかかったけど、こういうのは沖縄の他ではあんまり無いね」と嬉しそうにおっしゃっていた。たしかにあの瞬間、見せ場を迎えた沖縄芝居の会場みたいな雰囲気になった。
沖縄最大のホールである沖縄コンベンション劇場を埋めたお客さん達は満足そうな顔をして帰って行った。会場整備にあたったバイトの女の子達が「加山雄三面白かったね、得しちゃった」と話しながら帰って行くのを見掛けた。「でしょでしょ」と心の中でつぶやいて私も帰途についた。
追記:
帰宅してから安里Chu Pan Jah(西武オリオン裏にあるライブバー)に行った。演奏の合間に、会場で購入したCD『加山雄三 the greatest hits』をかけると、カウンターにいたお客さん(同い年のトランペッター)が口ずさんでいる。
カッコイイ! 完全にジャケ買いです。
アビーロードスタジオマスタリング。山下達郎との対談付!
何でそんなに歌詞を覚えているのかとたずねると、「父親の車の中にテープがあって」云々。オレだけじゃなかったのか…。