映画『
海流』の上映最終日、何とか見ておくことが出来た。見ておいて良かった。45年前の沖縄の姿が見られるだけが売りかと思ったら、意外と名作。
1959年松竹作品『海流』。それでもやっぱり、一番面白かったのは、戦後約15年の沖縄の風景だった。主人公が密輸船から逃げ出して沖縄にたどり着いて時計の修理に寄った時計屋は桜坂琉映の近く、次のシーンでは壺屋の通りが。
場面が切り替わるたび、ここはどこだとかそこだとか館内からささやき声が聞こえる。沖縄出身者ならもっとたくさん発見があるだろう。街は広々とした印象で未舗装の白い道路に陽射しが照り返している。郊外のシーンは護岸のない海岸線が美しい。
惜しむらくは色が褪せていること。これが当時の色彩でシネスコサイズのスクリーンいっぱいに映し出されたらと思うと残念でならない。デジタルリマスタリングして色彩も復活させて欲しい。
映画が終わって入口に貼られていた当時の地図を見る。桜坂劇場の周りは、かなりの盛り場だったことが偲ばれる。店舗の種類自体が盛り場のそれだ。国際通りは牧志大通りと書かれており、グランドオリオン通りは旧市役所通りと書かれている。他のお客さんとしばし話し込んでしまった。
実は、もうひとつ興味深い昔の沖縄があった。東京の沖縄料理屋さんのシーンが出てくるのだ(セットだろうけど)。これがえらく本格的で高級、お座敷で舞踊まで踊られていたが、小道具や踊りはちゃんとしていた。同年東宝が公開した川島雄三監督の『
グラマ島の誘惑』でも沖縄料理屋のシーンが出てくるが、これも沖縄料亭という感じだった。当時本当にこうしたお店があったのだろうか。あったとすればどんな人が通っていたのだろう。
琉球舞踊団が東京で公演するシーンもあったが、これもしっかりとした踊りと地唄だった。衣装も本物、舞台の幕も沖縄芝居などで使われる本物だと思う。見る人が見たらでている人が誰なのかわかるのかも知れない。このあたりも沖縄ロケで撮影しておいたのか、東京で撮ったのか興味深い。
全体に沖縄に対するトンデモな表現は少ない。これだけ沖縄の情報が溢れている現代に作られている映画の方が、よっぽど腑に落ちないシーンが多いのはなぜなのだろう。エキゾティシズムもほとんど強調されていない。全編セリフは標準語で、ウチナーグチは全く出てこない。渡辺文雄(故人)演じる沖縄タイムスの記者金城も標準語で話す。ウチナーグチが出てくるのは、ヒロインが主人公への思いを込めた唄の、琉歌の内容を説明する部分くらいだ。
主人公が居候する広い芝生の豪邸は、沖映の支配人の邸宅だそうだ。当時内地から映画関係者が沖縄を訪れると、この豪邸に泊めて接待したとか。そうした交流があったためスタッフの中に沖縄に対する理解が深かったのだろうか。特に、沖映本館は松竹の劇場スタッフが設計にあたったみたいな話を聞いたこともあるので縁が深かったのかも知れない。客のターゲットが沖縄県内だっただけの事なのか?
78タイフーンfmの我らが社長にその豪邸の話をすると「あぁ、そこの家なら子どもの頃何回も遊びに行ったし泊まったこともありますよ」とのこと。流石首里っ子。地元では相当有名なお宅のようだ。
社長からは、迷曲『涙のワンナイト首里城』で「昔大学、今は城♪」と唄われる昔の琉大の話も時折聞いていたが、映像で見ることが出来たのも面白かった。
これくらいにしときます。