大型連休中の日本。
梅雨に入り、天候が悪い沖縄本島だけど、町中では多くの観光客を
見かける。
連休が明ければ、311の未曾有の出来事から約2ヶ月を迎えることに
なるけれど、震源地から遠い沖縄は、もしかしたら(物理的にも
精神的にも)一番震災の影響が少ないのかもしれない。
実際、日々、生活していく上で、大きな変化はあまり感じられず、
ありがたいことに平和な日常が続いている。
郊外へ行けば、のどかで美しい光景が広がり、東日本の状況は夢では
ないか?と非現実的に思われるほどだ。
でも、わたしにとって、今回の震災はこれからのわたしの生き方を
大きく変えてしまったと思う。
一見、表面上は変わらない生活を送っていたとしても(実際、
送っているのだけど)、内面においては、正直、震災前と同じように
生きていくことはもう2度とできないだろうと思っている。
それを見て「自粛」しているのねと勘違いする人もいるかもしれない。
けど、そうじゃない。
ニュースなどでは、被災者を考慮しての「自粛」という言葉が度々
使われていて、その言葉にずっと違和感があった。
皆、日本経済のためにも自粛はしないようにと呼びかけていて
(それは少なくとも経済上では正しいかもしれないけれど)、
そもそも視点が違うのだ。
地震という自然災害の脅威はもちろんだけど、地震だけなら、
ここまでの衝撃を受けなかっただろう。
それよりも、地震後の政府の救助活動の限界と、原子力発電の
リスクの高さと、なによりもこれから何百年と続くであろう
放射線被害の可能性、そして、原発にからむ日本の歪んだ
社会構造をまざまざと見せつけられてしまったことが問題なのだ。
そして、ここが一番重要だけど、そういう社会を生み出して
しまったのは、わたしたち自身なのだということ。
それを自覚してしまったら、もう今までと同じ生き方は
できるはずがない。
たぶん、今回の震災とそれによる原発事故は、ずっと後になって
振り返ったら、歴史上の大きなターニングポイントだったと
いわれるほどの出来事になるのだと思う。
そのことにまだ気づいてない人もいるかもしれないけれど、
これから数年をかけて、わたしたちは嫌というほど、そのことを
思い知らされるに違いない。
そして、後世の人たちが「あの時は大変だっただろうけど、
それを機に変わったから、今の日本がある」と思えるのかどうか?
それが鍵となる。
少なくとも、あの時にこうしていたら、今、こんなにもひどい状態に
ならなかったのに…とならないことを願うしかない。
ここで話題は変わるけれど、一昨日、あるサイトのリニューアルが
終わった。
●横濱学院
http://www.yokohama-gakuin.com/
で、この横濱学院さんと、別のある
治療教育研究所の取材の仕事を
通じて、子供たちを取り巻く環境だとか、教育のことだとか、
いろいろな情報を知ることができた。なんせ、身近には子供が全く
いない環境なので、そういうことに無知だったわたしにとって、
今回の仕事はとても勉強になったし、一人の大人として、
子供たちの未来に対する責任みたいなものを改めて考えさせられた。
それがちょうど震災前のこと。
そして、話はふり出しに戻る。
文部科学省は、福島市・郡山市・伊達市の13校に対して学校等の
校舎・校庭等の利用判断における放射線量の暫定的目安として、
年20ミリシーベルト未満であればさしつかえないと基準を示した。
今までは1年1ミリシーベルトだったのに、この期に及んで、
基準値を増やすというのはどういうこと?
被曝によって、幼児、妊婦、妊娠可能な女性などに障害が出る可能性が
少しでもあるのなら、それをできるだけ回避するような方法をとるのが
普通じゃないの? 全く理解に苦しむ。
政府によって、こういうことが平然と行われてしまうという事実。
そのことに本当に失望させられる。
こういう理不尽と思えることに対して、何ができるのか?
別にデモに参加しなくてもできることはある。
(ちなみに、わたしはデモを否定しているわけでない。念のため)
ネット上で自分の意思表示をしたり、児童の年間被曝限度量
20ミリシーベルトに抗議する署名もできる。
または、こういう情報に疎い(無関心な)まわりの人に
知らせていく努力をしてみる。
まずは、今、自分にできることをやってみる。
子供たちの未来を預かる一人の大人として
「知らなかった。そこまでは考えてなかった」
は許されないことだと思うから。
今、この時代を生きる大人として、最低限の責任は持ちたいものだ。
わたしはそう思う。

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