沖縄県は、もともと日本と同じ文化を持つ人々が暮らしていたと
考えられていますが、日本本土から遠く離れていたため、
中国や東南アジアの影響も受けつつ、日本の歴史とは異なる、
独自の歴史や文化を形成していきました。
約3万年前の旧石器時代から貝塚時代(日本の縄文・弥生時代)を経て、
10〜13世紀頃には、小領主が城(グスク)を築いて
領地を定めるようになりました(これをグスク時代と呼びます)。
その後、領主間の争いを経て、沖縄本島に北山、中山、南山と呼ばれる
小王朝が成立。15世紀には尚巴志が三山を統一し、琉球王朝が誕生しました。
琉球王朝は、中国(明国)はもちろん、シャムやマラッカなど
東南アジアの諸国とも交易を行い、またさまざまな芸能や芸術を奨励し、
独自の発展を遂げていきます。
しかしその後、日本で幕藩体制が敷かれたことをきっかけに、
17世紀の初頭には九州の薩摩藩が琉球王朝に侵攻。
以降、琉球王朝は薩摩藩の支配下に置かれた状態となり、
外国との貿易は統制されるようになりました。
一方で、日本文化が流れ込むことにより、その影響を受けた
文化や芸能が発達していきました。
明治維新が起き、明治政府の時代になると、政府は琉球王朝の代わりに
沖縄県を設置する「琉球処分」を実施。琉球王朝は終焉を迎え、
琉球は沖縄県として、新たに日本の中に組み込まれました。
その後、太平洋戦争では、沖縄は日本で唯一の地上戦の舞台となり、
約20万人もの戦死者を出しました。
そのうえ終戦後は、昭和47年の本土復帰まで、沖縄は27年間、
アメリカの領土であることを余儀なくされました。
その間に建設された多数の米軍基地は、本土復帰30年以上を経た今でも
まだ相当数が残っており、沖縄県民の自立と安全を確保するうえで、
大きな問題でありつづけています。

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